朝晩の空気に静けさがまじり、街も庭の木々も、少しずつ色づくころ。
秋が深まり、季節が実っていくようなこの時期を、水引花で表現したい。
そう思ったときにふと「実り」という言葉が浮かびました。
私自身、一凛の結びを続けていく中で、何かを「実らせる」ということを、改めて深く考えるようになりました。
そんな思考の延長線上に生まれたのが、この秋の一輪「みのりのとき」です。

目次
積み重ねの先に見つける「実り」
しずくを受けて芽が出る、ひかりを受けて花になる。
そして毎日のちいさな積み重ねの先には、きっと小さな「実り」を見つけられる。
そういうメッセージを込めて制作したのが、この「みのりのとき」です。
そしてそれは、私自身、そして「一凛の結び」そのものにも向けたメッセージでもありました。
もうひとつの「みのり」に気づく
けれども、「みのりのとき」の販売・製作をつづけていくなかで、この「みのりのとき」にはもう一つ意味があるという気づきがありました。
「これを達成すれば幸せになれる」、「これが手に入れば満たされる」。
そんなふうに、今ここにはないけれど、この先にありそうな「実り」を求めて、私たちは日々がんばっていることがありますよね。
でもその過程のなかで、すでにいくつもの「みのり」をみつけていることも多いのではないか。
私はこの活動を通して、そう感じる瞬間が何度もありました。
例えば、新たなお客様と出会うこと、これは作家にとっては大きな「実り」です。
でもそれ以前に、ブランドをみてくれている方がひとり、またひとり増えていくのも「みのり」。
今までうまく結べなかった結びが、少し工夫することで今日はより美しく結べた。
それもまた、確かな「みのり」です。
この文章を書くために、「みのりのとき」の構想から販売・製作の期間を振り返ってみると、その時々に、私はたくさんの「みのり」に出会っていたんだなと改めて思います。
今日歩んだ小さな1歩のなかにも見つけられる、小さな「みのり」がある。
私自身が「みのりのとき」から新たに受け取ったのは、そんなメッセージでした。
その一歩一歩の「みのり」をひとつひとつ集めながら、その先に見える「実り」を探していく。
その方が、きっとずっと楽しい旅になるはず。

さまざまな結びの組み合わせ
過去作の「はるうらら」「しずくのおと」「ひかりのいろ」は、同じパーツの繰り返しを重ねることで、一輪の花にまとめていました。
一方、今回の「みのりのとき」は、多種多様な結びのパターンを複雑に組み合わせることで、一つのブーケに仕立てています。
例えば、実には「玉結び」、葉っぱは「亀結び」、穂は「三つ編み」、花は「水引のワイヤーつなぎ」など。
いろんな結びを組み合わせているけれども、それがくどくならず、重たくならず、程よいバランスを保つことにとても苦労しました。
水引は「結びの表情」で魅せていくのが大きな特徴。
その特性を自然に引き出せた一輪になったのでは、と感じます。

圧倒的に工数の多い作品。
今までのお花のなかでは格段に工数・手数が多い一輪です。
例えば「実」を構成しているのは「玉結び」という種類の結びですが、その数は一輪につき19個。
水引結びをご経験の方であれば「おお…」と思っていただけるかもしれません。
工数が多い分、そのときそのときの集中力や心の動きが結びに反映されます。
先ほど話にでた、「玉結び」、これは如実に集中力が試される結びです。
同じ種類の結びでもそのときどきで、少しずつ表情のちがうものができあがります。
でも、その違いがあるからこそ、私は水引結びってかわいいなと思うのです。
完璧で誤差がないのが正解だとしたら、それは少しつまらない。
ふたつとして同じ表情の結びはない。
ゆらぎも迷いも覚悟も全て結びには反映されていく。
そんな人間らしさも包括しているのが、水引結びの魅力だと感じています。

意識と無意識
今回の制作で意識したのは、「意識」と「無意識」のバランスです。
デザインや結びの選択は、「自分で決める意識」の部分。
けれど、「意識」ばかりを使った作品はどこか固い印象を受けるような気がします。
そうではなく、水引の特性に寄り添った「無意識」のデザインも取り入れることが大切なのではないか。
そんな気づきを得られたのが、この「みのりのとき」でした。
その「無意識」の部分とは、水引のしなやかな可塑性なのかもしれないし、あるいは地球の重力なのかもしれない。
それは私が意図したものではない。
そうした「素材や自然の力にゆだねる無意識」をもつことで、軽やかさのある水引花になるのではないかと思うのです。

心の奥にある無意識を思い出す。
もうひとつ気づいたのは、「意識」と思っていたことの中にも、すでに「無意識の影響」があるということ。
「こういうデザインにしよう」と決めたその”意識ある決定”すらも、「世界」や「自然」からのインスピレーションによるものなのだと思います。
今回はさまざまな色の水引を使っていますが、その色選びだって私自身がたったひとりでやっているのではなく、今まで世界や自然のなかでみてきたもの、受け取った感動をもとに選んでいます。
一見、自分ひとりで作っているように思えるけれど、本当は世界や自然と作っている。
そうして世界や自然に触れることで、自分の中に眠っていた「無意識」が呼び起こされるような瞬間に出会います。
その感覚こそわたしにとってのひとつの「みのり」なのかもしれません。
だから私は、今ここを通りすぎていく季節とか、風の色とか、そういう瞬間をつぶさに感じていこうと改めて思うのです。
今感じた私だけのこの感覚が、いつかの作品として表現されるかもしれないから。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
「みのりのとき」が、あなたの日々の中の小さな“みのり”に寄り添えますように。




